上田古戦場公園

空撮で上田古戦場公園周辺の様子がご覧いただけます。

【提供】株式会社 みすず綜合コンサルタント

上田市からの指定管理施設

令和3年4月1日より、本協会は、指定管理者として上田市から次の施設の管理を受託しています。
これらの施設を市民の日常スポーツ・健康づくりの場として、また、憩いの場として愛され親しまれるよう管理運営に努めます。

上田古戦場とは

「古戦場公園」の古戦場の由来

上田原合戦
戦国時代に諏訪・佐久地方をほぼ平定し、北信濃への進出を企てていた甲斐(現在の山梨県)の武田晴信(信玄)公が、坂城の葛尾城を本拠地とし上田・小県地方にも勢力を延ばしていた村上義清公と天文17年(1548年)に上田原合戦におよんだ。
武田晴信(信玄)公は産川東方の倉升山に陣を構え、村上義清は産川下流の西方の天臼(須々貴山)を背に陣を敷いたと伝わっている。合戦は主として現古戦場公園を含む下之条から上田原付近で行われ、清野川や産川を境として激戦が展開された。地の利を得た村上方は優勢に戦いを進め、武田方は板垣信方などの有力な武将をこの地で失い、大将の晴信も手傷を負い敗退を余儀なくされた。
武田晴信(信玄)公にとって数少ない負け戦の一つである。

ウォーキングマップ

道川ウォーキングマップ

週刊うえだ掲載ウォーキングコース

VOL.01 千曲川~下塩尻桜づつみコース
VOL.12 上田原合戦地を歩こう
VOL.16 春待ち遠しい 塩尻地区を歩こう

信州上田観光情報